Long Interview 1_3 of hideaki-matsuoka.com

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万人は救えないけど、僕にしか救えない人も

● 傲慢な言い方をすると、ものを書く時、僕は若い時から読者の目線まで降りていって書くというやり方を、していないんです。
松岡:というと……?

● 読者を、ちょっとだけ高いところに引き上げてあげたいという想いで書いているんですね。
松岡:はい、はい

● その意味では、アプローチは違うけど、松岡くんの書く歌詞とニュアンスは近いかなという気も、しないではないです。
松岡:そうなんですよね。ただ、おっしゃるように、気をつけないと、それが『上から目線』になっちゃったりとか、傲慢さが生まれちゃったりするので、もちろんそこは本当に微妙なところだし、読む人によっては、どう書いてもそう読む人がいるでしょうし。

そうなんだけど、僕はよく『世の中には、どんな人がいても良いんだ』って思うんです。あるいは『いろんな人がいてくれることが良いこと』だと思っているんですよね。で、もちろん僕が万人を救えるわけでもないし…だけど、僕が救える人たちもいると信じているんですよ。もしくは、そんな大げさなことでなくても、ちょっと元気にしてあげるとか、笑顔にできるとか。

そういう可能性もある時に、さっき話したサービス業的な面で言えば、お客様に求められることに応えるべきという考え方も出でくるんですが、ちょっとそこは置いておいて(笑)、僕の目線で考えると、自分で信じるやりたいことの中でそれを実現していくというか。

そういうことをしたいと思っている中で、先ほど言った、どんな人がいたって良いという意味では、僕自身が…たとえ横暴であっても…僕が思っていることを伝えることが、すごく重要だと思っているんですよね。それはなぜかと言えば、さっき話した通り『僕は万人は救えないけど、僕にしか救えない人もいる』と思っているからなんです

松岡英明073.jpg● よくわかります。
松岡:でも、たとえば、僕が自分の生き方まで影響を受けたような、大好きで読んだ本や、あるいは著名人の自伝みたいなものがあったとして、もしも実際に僕がその本の作者の身近に生きていたとしたら、人間的に好きになれたかどうかはわからないと思うんですよ(笑)。

その人が本当に人間的にも優れていて、僕が大きく影響を受けた言葉を発するにふさわしい人物であったかどうかは、わからないわけです。けれど不思議と、僕らは尊敬したり憧れたりする人の言葉を通して、そこから学び取るものを見つけたり、生きる指針を見つけることができたりするんだと思うんです。

だから、人によっては、僕が投げかけた言葉に対して『あなたに言われたくないよ』って思う人もいるかも知れないけど、人によっては、本当に苦しくて立ち直れなかったり抜け出せない状況の中『元気が出ました』なんて言ってくれる人もいるわけで、僕はそういう人のために、自分なりに見い出した言葉を投げかけることは、いとわないって思うんです。誰かが救われることと比較したら、自分が非難を浴びることなんか、小さなことなんですよね

● 僕が松岡英明くんのことを、もしも一言で評価するとしたら、松岡くんのなにがすごいかというと、20代の時に『きみの罪は僕の罪』と唄えるところなんです。
松岡:あー!

● あの楽曲を作った松岡くんを、僕は非常に評価しています。
松岡:ありがたいです。うわっ…

● しかも、たしか英語のタイトルは違っていて『YOUR LOVE IS MY SIN』となっている。それを自ら日本語訳をした時には「きみの罪は僕の罪」と書いているじゃないですか。あれを20代でつくることができるのは、ものすごいことだと思います。あれほど勇気のある表現はないと思う。
松岡:いえいえ

● いや、日本人の男では、いないですよ。
松岡:いや…。そうおっしゃって下さるのは、きっと末美さんも、男として僕と同じような経験をされてきたってことなんでしょうね(笑)。でも、その意味では、経験というものに本当に感謝していますね。自分が経験してきた物事とか、出会いとかに。あとは、いろんな人からいただいた言葉や、読んできた書物や、聴いてきた音楽や、様々触れてきた芸術だったりもその中に含まれているんですけど。…ただ変な話、僕も人間なので、評価されればありがたいと思ったり、嬉しいと思うんですが、優先順位としては、その辺のことって僕がなんとか下に追いやりたいもので。本当に、あの時代の環境や体験があったからできた曲で…

● 僕は、ああいう曲は、書かざるを得なくて書いたんだろうなと思っています。腹の底からというか、心の奥から出てきた、ピュアな感情だと思うんです。僕は、あの曲が松岡くんの代表曲のひとつだと考えています。
松岡:嬉しいです。僕も大好きな曲なんです。最近もたまにプレイするんですよね。あれは、あの頃の自分の中で"罪"と訳せるものを、いろんな言葉で出したんです。"My Vice"だったり、"Mistake"という言葉だったり、まさにそれが"LOVE"という単語にまで行き着いてしまってと。

そこを感じ取ってくださって、楽しんでくださる人がいてくれれば、本当にアーティスト冥利に尽きることです。音楽や詞を通して…言葉の使い方というのは、技術的なことなんですね。だから、言葉のおもしろみでクスッと笑えたり、ステキって思ったりする部分が広がりながらも、そこに想いがないと、単に技術的なことだけになってしまうので。そこに想いが加わった時に、はじめてなにかが動き始めるんですよね。

僕としては、みんなの心の中にそういうマジックを起こしたくて曲を作っているというか。普遍的な物事を通して詞を書いていった時に、100年後の人たちが読んだ時にも、同じような想いがよぎる体験がその人たちにもあって、言葉の意味や曲の遊びの中から、なにかを感じ取って心を動かすことができたら、それは、僕にとっては最高にロマンチックなことなんですよね

なにかに負けたとしても人生のゲームオーバーではない


松岡英明124.jpg● 20代、30代と過ぎてきて、年末にはいよいよ40代になるわけですが、現時点で考える40代というのは、どのようにしたいと思っていますか。
松岡:今リアルに感じていることは、若かった頃と今とですごく違うのは『自分で選択できる』ということに、とても楽しみを感じているんですよね。自分で判断して、選択肢を用意して、あるいは選択肢を見つけて、そこから自分でチョイスできることって、やっぱり若い時にはできなかったことなんです。そういうことがたまにはあったとしても、基本的には、いろんなことに無知だったし、選択するまでもなくがむしゃらに走る中で、ひとつひとつこなしていたというか。楽しかったり好きだと思うことだけで、どんどん突き進んでいただけなので。

大人になって『できなくなったこと』が多いと思う反面、一面では、自分で選択できるっていう状況の変化に気づいた時に、それってたしかに大変なこともいっぱいあるけど、楽しむと、すごく楽しいことだなって思い始めたんです。

歳を重ねれば重ねるほど、自然と理解できることも増えてくるという意味で言えば、いろんなことに気がついたりもするから、いろんなことに不満が出てきたり、新たな悩みが出てきたり、考えるようになったりするわけで。そうすると、特に30代、40代というところでは、かえって頭の中が複雑になってくると思うんですよ(笑)。回路の線が増えてくるような感じで。

これが、もうちょっと歳を重ねていったら、想像で言えば…複雑になった回路の線をほどくのかどうかわからないですが…それがもう一度シンプルになっていって、シンプルな生活だったりシンプルな考え方だったり、そういう風な、穏やかな時期が来るんだと思うんですけど。やっぱり30代、40代は、20代の悩み事とは違う、もうちょっと複雑系な感じ?(笑)そんな悩みにどっぷりはまるような一面もあると思うんですよね。

それは、本当に大変なことでもあるけど、大局的に見ると、実はとても幸せなことだとも思うんです。いろんなことを考えられる。理解できる。悩めるだけの、いろんな状況がある。それを僕としては、悩むこともある、辛いことも含めて、楽しまない手はないなと、どこかで思っているんです。

まさに、これから訪れる40代は、それが色濃くなる時期かなと思うんですけどね。だから30代との違いをより明確にしていくとしたら、30代までは選ぶことまではできたとして、40代は、そこを積極的に攻めていったり、どうせなら、そこに強い動機や力を加えていきたい気がします。30代は選び取ったところのイメージが強いんだけど、40代は、将棋の駒みたいに、次の駒を選んで進めていく。あるいは、駒を選んで進めながら、時には戦略的に次の一手をどう打つかまで考えて駒を進めていくっていう。選んだ駒をどう進めるかが40代の悩みになってくれれば、楽しみが増えてきますよね。

人ってそんなに強い生き物ではないので、悩みが一時期に極端に増えてしまうと、人間的に崩壊してしまうと思うんですね。僕は、20代の頃、エピックを離れた頃に…今でこそ言えるんですが…多分、内面的には人間崩壊した時期があるんです。だから、そういった怖さを体験しているので、やはりどこか、崩壊したらいけないなと思っているんですよ。崩壊したあとの辛さって、誰かに助けてもらおうとしても、なかなか助けてもらえないし。だからこそ、逆に崩壊する手前で誰かに助けを求めることって、本当に大切なんだと思うんですけどね。

ある種、僕は人生をゲーム的なところで捉えていて、自分の進めていたゲームに負ける場合があったとしても、それは、そのゲームがゲームオーバーだっただけで、人生の終焉では決してないという風に考えるようにしているんです。自分が進めていたひとつのゲームの負けが決まったというところで、じゃあ、もう一度ゲームをはじめるなり、次になにをするか。ゲームではないことをはじめてもいいのかも知れないし。勝ち負けがあることをやるのではなくて、もっと違うことをはじめてもいいわけだし。そういうことを含めて、自分に降りかかってくる困難や難問を、40代は、まさに『ゲーム』と捉えて『悩むこと』も楽しめるといいなと思います

"あるがまま"、"流れるまま"に生きていければ


● 今の話と通じるかも知れないけど、松岡くんは"生きる"いうことを、どういう風に捉えていますか。
松岡:まず一番最初にあるのは、人は誰でも…哲学の命題でもあるんですが…『人はどこからきて、どこへ行くのか。わたしは誰なのか』っていう問いに、必ず一度はぶつかる時期があると思うんです。まぁ、それをさらに、もう少し分かりやすく訳すなら『私は何のために生まれたのか』ってところでしょうか。哲学は、よくそれを言葉にしたものだなと思うけど。で、そこにぶつかって悩むことももちろんあるんだけど、じゃあそれが人生かって今一度問い直すと、意外と僕はそうでないところに人生を感じていて。

もしかすると、その問への答えにしようとするところもあるかも知れないけど、本当に、"あるがまま"、"流れるまま"に生きていくことが、人生の基本だと思っているんです。

別な言い方をするなら、自分に与えられた環境とか出会いとか、出来事、体験みたいなものが、ものすごく人生にとって大事なものだと思っているんですよね。それを通して、なにかを感じたり学んだりしながら歩いていくことが、きっととっても人生の中で大事なものなんだろうなと、そして、それこそが、まさに人生そのものなのだと、今はそう思っていますね

● 松岡くんを見ていると、客観的な視点と主観的な視点の、バランスがすごくいいなと思います。
松岡:いやいや、とんでもないです。僕はバランスが悪いから悩むんです

● いや、人って悩んでいる時はなかなか客観的な視点を持ちにくいというか、ちょっと歪んだ視点になってしまうことがあるけど、僕も松岡くんみたいに、客観的な視点と主観的な視点をバランスよく持ちたいなと思います。
松岡:いやいや。全然そんなことはなくて…。さっき少し話しかけた『今だから話せる話』を、もう少しだけ打ち明けると…エピックを離れてワーナーに移った時期と、ワーナーも事務所も離れてインディーズで活動をはじめた時期と、インディーズで活動を始めてから所属していた事務所も離れて独力でやっていこうとしている今と…この3つは、多分、僕にとって、かなり精神的にへこんだ時期なんですね。それで、悲しいかな、そういう時って活動的にもあまり良い形がとれていない時だと思うんですが、そういうことも含めて、そういう時にこそ一番力を貸して欲しい人たちから、かえって非難を浴びることが増えるんです。

もちろんそういう時期だからこそ応援してくださる方たちもたくさんいらっしゃるんですが、それまで非難という形に表れてこなかったものが、そういう時期に限って、突然非難としてぶわーっとくるんですよ。

初めの、エピックを離れてワーナーに移った時期には、さっきも話したように、僕は内面的には人間崩壊をしてたようなとこまでいってたんですね。あの時は、心の中がぐちゃぐちゃになっていて、病院通いをしてもおかしくなかったと思うんですけど、その時に自分の中で必死になっってたことは、実はただひとつで、やっぱりファンの人に心配かけてはいけないってことを、お経のように心の中で繰り返し唱えてたんです。『松岡英明』として通してきた顔を、とにかく今まで通りに維持していこうということを、ものすごく歯を食いしばってやっていた気がするんですね。今振り返ってみると

松岡英明164.jpg● まるで、何事もなかったかのように。
松岡:そうそう(笑)。ひょっとしたら無意識のうちに色んな言動や行動が変わったりとか、そういうことはあったかも知れないんで、結局は、そういうところで非難も集中したのかも知れないですけど。ただ、自分の中では、異常なくらい、そのことにこだわっていたんですよ。で、そのことに必死になっていて、辛かったのは、何よりファンの人たちには心配をかけたくないと思って活動していても、そのファンの人たちからの非難がどんどん大きくなっていくわけですよ

● …。
松岡:だけどそれを受け止めていく中で、その次に、必死になって大事にしようと思ったのは、それでも、決して斜め目線になってしまうことはやめようと、常にどこかで思っていて。自分で良いと思うものを良いと言ったり、良くないものを、良くないものとしたり。物事ととにかく常に正面から向き合い、何かを否定する時も、ただ単純に否定するのではなくて配慮をもって、と。

それと、そういうことを自分の中で頑張ろうとしていた時にふと思ったことがあって…チャンスもなく味方も誰もいないような窮地に立たされた時でも、困難に立ち向かい、人に対して本当の優しさとか思いやりが持てるようになった時、初めてそこに『慈悲深い』と形容される行為が、ふわっと生まれるのかもしれないなと思ったんですよね。でも、僕にはとてもできそうになくて…それって、やっぱり神様の域なんだなぁって。

神様と言えば、僕が神様に求めることのひとつなんですけど、すべての体験をしている方でなければ、神様と認めたくないんですよ(笑)

● なるほど。
松岡:というのは、もしも良いことだけを知っている神様で『良いことをしなさい』って言っているんだったら、僕はまったく認める気がないんです。悪いことや辛いこともすべて知っていて、その中で『こっちをするべきですよ』って説いてくれるからこそ神様なんだと思っているんですよね。

話がかなり脱線しちゃいましたが、僕は神様にはほど遠い人間なので、非難をいっぱい浴びれば、やっぱりめげそうになることも多々あるんです。非難の中には、言いたいことが良く理解できるものもあれば、まったく理解できない意味不明のものや、心ない中傷みたいなものまで、様々なものがあるわけですけど、ただ、やっぱり、たとえ神様じゃなくても、そこで見失ったらいけないなと思うのは、たとえ自分にも言い分や言い訳したいことがあったとしても、感情的になって『こっちにも言いたいことがあるんだよ』っていうところを逆ギレするように口にしたり、そんな風に思うようになってしまったら、僕が本当に描きたい音楽の世界とか、自分が目指したいものは、やっぱり本末転倒のようなことになって、根本から総崩れになってしまうんですよね

その数が尋常でなくなるとノイローゼになりそうで


● 僕の責任において原稿に残したいのは、いろんなファンの方がいらっしゃると思うんですけど、僕があくまでも個人的に感じているのは、非難を浴びせる人というのは、一体今まで松岡くんの楽曲をどういう風に聴いていたんだろうって思うのと、松岡くんを単なる白馬の王子としか見ていなかったのかなという気が、僕はします。松岡くんは傷つくこともあるし、砕け散ることもある。ある意味、普通の人間なんですよ。僕はやっぱりそこも理解してもらえたら嬉しいなと、思いますよね。
松岡:いやもう、本当に、末美さんの言葉はありがたいんですが、でもそれが、さっきのハリーポッターの話に戻って、本当にああいうことなんですよ、きっと。

僕もユーザーの側に立った時に、なんの悪気もなく、思ったり感じたり、時には言ったりするので…確かにそれは心に余裕がある時ならば、相手にもそういうことを考えてもらえたらありがたいと思うこともありますけど…かといって、人の中にもいろんなバランスがあって、そういうことを考えてしまう時期が自分にもあったし、心のバランスによってもいろいろあると思うので、そういう反応って決してなくならないと思うんです。

違う言い方をするなら、僕はどこまでいってもファンの人には自由でいて欲しいんです。それはコアな固定ファンもそうだし、その外側にいる、いろんな音楽ファンも含めて。実際、それは僕らが止めることもできないし、本当に自由なんだと思うので。ただし…なんて言ったらいいのかな…

● どっちにしたって、生きていくんですよ。
松岡:ああっ…本当にそうなんですよね。だからきっと、わかりやすく言うなら、僕の活動を通して元気になって欲しいわけですから、どんな理由であれ、楽しめない場所にずっと留まる必要はないと思うんですよね。

実は、僕も最近、松岡英明を白馬の王子的に思ってくれていた人たちとの…僕の活動の方向性としてはですが…決別を図るかのように、今の自分の考え方なり、想いをブログなどで綴るようになって。それをなぜしているかということのひとつで言うなら…すべてではなくて、ひとつで言うなら…僕の思いが大きく変わろうとしている中で、改めて『僕はこういう道を進もうと思います』と決意表明をしているんです。高いライヴチケットを買って、会場に行ってみたら『わたしが思っていることとまったく違うライブでした』となった時には、やっぱり申し訳なく思うんです。買ってもらう側としては。

そうではなくて『僕の今の考え方も含めて、ライヴを見たいと思っていただけるなら、ぜひ来てください』ということにしないと、まさにサービス業で言うところの詐欺まがいのことになりそうな気がして。

…微妙なところだから勘違いしないで欲しいんですが、僕は僕なりにファンの方たちを愛してきたつもりなんですが、唯一、苦手なのが、こちらがどうしても理解できないところにまで行っちゃう人たちで」

● それは、どういうこと?
松岡:妄想するというところまでは、全然あっていいことだと思ってるんですけど、その妄想が現実のところまで降りてきちゃうと、ね。ちょっと辛いことに、そういう人に限って想いが過剰になって、何に対しても過剰な反応をしたり、行動がエスカレートしたりしてきちゃうんです。そうすると、これも悪循環なんですが、ほんの一握りの人たちに対する僕の中で生まれた嫌悪感を、まったく関係のないほとんどのファンの人たちにまで向けるような格好になってしまって『僕を恋愛対象としては考えないで欲しいです』なんてことを、強いメッセージとして伝えたくなってしまう時があるんですよね。簡単に言っちゃえば、ストーカーまがいのこととか。軽いところで言えば、一度も話したこともない人から、ずっと知り合いかのようなメールが来たりとか。たとえば、みなさんにも理解しやすいところでイメージしてもらうなら、迷惑電話がかかりはじめて、初めは適当にやり過ごしてても、それが日常化してきたり、その数が尋常でなくなってきたら、やっぱりノイローゼになりそうになるでしょ。

そういうことが重なると、僕もどこにでもいる人間なので(笑)、頭がおかしくなっちゃいそうになるので、できれば、公的な機関にご厄介になるようなことなく、そこをなんとか一線引きたくなったりも、したくなってくるんですよね

● 生きていて、やっぱりなるべく相手を苦しめるようなことをしちゃいけない。傷つけるようなことをしちゃいけない。松岡くんが話した意味において、自分の一方的な気持ちだけで、相手を追いつめるような行為はいけない。それは、タレントさんでもアーティストでも聞く話だけど、とても悲しい出来事だと思います。
松岡:はい、そうですねぇ

● どうしてそんなことをするの?って、言いたくなります。
松岡:そこがね、不思議と好きだからこそということもあるでしょうから、難しいところもあるんです。

だからさっき、なにが言いたかったかというと、僕がファンの人の前で愛している人を紹介すると、それはファンの人たちが傷つくことだと思っているわけですよ。それでもそういう行為をしているんですから、非常に確信犯的で、僕は冷酷なことをしているかも知れない。本当にそう思うんです。

ただ、その一面だけとってみたら非常に冷酷。だけど、僕はもうちょっと違うところで見た時に、たとえそれがエンターテインメントの世界であっても当たり前のことであって欲しいという願いが、どこかにあるんです」

● ファンなら、松岡くんのしあわせを願って欲しいよね。
松岡:いやそこまでは(笑)。で、そのことを、時間をかけてでも伝えたいということと、逆に、僕が絶対に間違ってはいけないと思っていることは、それで非難を浴びることは覚悟の上で選んだことだし、ファンの人たちの非難は何一つ間違っていないので、そのことを僕は絶対に受け止めないといけない、ということ。それから、できることなら、たとえ時間がかかっても、その次のビジョンを、それまでとは違っても夢の持てる形で届くように努力し続けなければいけないって思っているんです。

でも、当初は、そこまで考えが至らなくて、自分の思いだけで突っ走ってしまったので『その覚悟ではじめたことだし、理解できない人たちが離れていったとしても、しょうがないことだと思います。ごめんなさい』という言い方をしたんだけど。少し時間が経って、やっぱりそれじゃいけないんだって思い始めていて。

結果として出てくる現実はともかく、僕の想いとしては、そのあとの、自分が大事に思うことを形にする努力を続けたり、みんなにも『この先の僕の描きたいビジョンを、必ず見せる日が訪れると自分でも信じているから、その日を楽しみにしていてくださいね』って、そう言えるくらいの覚悟をもっていないと、いけないんじゃないかなと今は思っているんです」

松岡英明を続けていくことが、ファンの喜びにもなってくれれば


松岡英明133.jpg● 僕は、松岡くんと共通するイメージをもっているアーティストがひとりいて。
松岡:はい

● 大切な友人だったんだけど…中川勝彦くんと言って。
松岡:はいはい

● 32歳の若さで、白血病で亡くなったんだけど。
松岡:はい。よく存じ上げております

● 彼は、ある時に奥さんとお子さんがいらっしゃることが公になって、その時に、ファンが思いきり引いたことがあるんです。その時、今の松岡くんのような状態で、誹謗・中傷や、あらぬ事を広められたり。様々なところで誤解が生じる事態になって。それでも彼は、ひとつのことをやり続けたんです。それはなにかと言うと、結局、ビッグ・ラヴ、だったと思うんです。
松岡:!!

● 彼は、やはり最後まで大きな愛をもって、すべてに立ち向かっていった。その姿は、今の松岡くんと二重写しに見える。
松岡:…、…

● 現在、彼の娘さんは、"しょこたん"となって。
松岡:そうですね。大ブレイクしていますよね。当時、中川くんとか本田恭章くんなんかが、僕の好きな洋楽路線で活動してましたよね

● だから、そういう大きな愛みたいなものを松岡くんにも感じるし、中川くんが同じように苦労したことも思い出すし。いろいろあっても、最後は大きな愛でもって楽曲を制作して、それを答えとしていたところはあるんですよね。
松岡:本当にそうですよね。当時、僕も中川くんのアルバムは大好きで良く聴いていましたよ。本田くんが和製デヴィッド・シルヴィアンかデヴィッド・ボウイなら、中川くんは和製ブライアン・フェリーって感じでしたよね。僕は状況的に、今のことでもなんでも、正直、へこんで辛いことがないとは言わないけど、かといって、そういうことをやめて欲しいとか、ちょっと考えてよ、みたいな気持ちが、ファンに伝えたいこととしてあるわけではないんですよね。

やっぱり、もっと大きなところで考えた時に、いろんなことを含めて、みんなもこれだけ長くファンをしていれば(笑)、いろんな想いがあるでしょうし、20年活動して来て、今だにそういったことで、これだけファンのみんなの気持ちが揺れたり考えたりすることがあるということのほうが、僕にとっては驚きでもあるし、ありがたく思いますよね。

僕は今、ビジネス的なところで言えば、アーティスト生命が消えそうなくらいの、風前の灯火に近いところまできちゃっていて。そんな状況ではあると思うんですが、本来的に考えても、僕はみんなに対して、何かを求めることで音楽をはじめたのではなくて、みんなに何かを伝えたり与えたりすることができればと思ってはじめたことですから。

だから、ファンの人たちに誤解しないで欲しいことは、たしかにいろんな要因の中で、さっき言った一部の迷惑をかけるような行為は『頼むからやめてください』と言いたくなることはあるけど、それでも、そういった人は本当に一握りの人達なわけだし、根本的にファンの人たちには、いつだって自分の思いに正直に自由であって欲しいと願う気持ちは本当にずっと変わらないんですよ。

それと、改めてシンプルな言い方をするならば、今の状況の中で、僕が音楽ありきで自分の活動を成立させていくようにしていけなかったら、このあとの、僕のアーティスト人生は、決して自分が満たされるものにはならないと思ったので、その方向をしっかり自分で見いだして歩んでいこうと思ったし、そのことを対外的に示す象徴的なひとつとして、自分が愛している人のことを愛していると、胸を張って言える状況を、当たり前のこととしていこうと思っただけなんです。

そういうことを、自分の中に芽生えた思いだけで形にしてしまった時に、そのことで辛い思いをさせてしまった人たちがたくさんいたわけで…でも僕に愛する人がいることを知ってる上で、たとえば、ライヴを見ながら『わたしが姫で、松岡くんが王子』と思う人がいたとしたって、それはもちろん自由なわけです。そのことを否定したいのではないんですよね。

今の僕が示したいことの根本にあるのは、そうではなくて、20年音楽続けて来たけど、何よりも音楽の魅力で活動できるような力をつけられない限り、この先のアーティスト人生を続けていくことはできないだろうし、自分自身も納得することはないだろう。という思いなんです。

それを形にして行こうとした時に、ひとつの手段として、自分を恋愛対象に思っている人たちと、一度決別するくらいの思いでやっていこう!!と身勝手に考えたのが発端なんだと思います。『そんな方法をとらなくてもよかったんじゃないの』と言われれば、本当にそうかも知れません。

だけど、あの時の僕は、たくさんの想いと、外には伝えられない様々な状況と共に、松岡英明という船の舵取りをする中で、それ以外の方法に思いが至らなかった、ということに尽きるんです。だからこそ、傷つけてしまった人たちには本当に…僕にできることは、今は謝ることしかできないですけど。たとえ最後まで届かないとしても『ごめんなさい』という気持ちは、もち続けようと思っています」

● わかります。
松岡:だって、やっぱり、いろんな場面で応援してくれたり、励ましてくれたファンの存在は、僕の中では本当にとても大きいんです。こっちが『参りました』って言いたいくらい、いろんな場面で力になってもらっていたことが、僕の中には強く色濃く残っているんですから。

そう考えると、どこまでいったってファンの人たちに対しては感謝する気持ちしか残らないんですよね。ただし、その感謝する気持ちと、クリエイトすることは、デビュー当時からのこだわり通り、これからも、うまく自分の中で切り離して伝えていきたいんですよね。逆に言うと、矛盾しているように聞こえるかも知れないけど、僕は自分のやりたいことをわがままにやっていくことを通して、ファンの人たちに感謝することを伝えていく。それが、松岡英明なのだと。そんな松岡英明を続けていくことが、ファンの喜びにもなってくれればと思っているんです

END

このインタヴューは、音楽ライター渡辺末美氏のインタビューブログより承諾を得て転載させていただきました。インタビューブログでは最新の『松岡英明ロングインタビュー』の第2弾もアップされていますので、ぜひご覧下さい。

LinkIcon渡辺末美 Interview Blog@OASIS

渡辺末美氏の熱い魂の叫びが綴られている日記ブログや他のアーティストの方のインタビュー記事も必見です!!

LinkIconoasis diary《Soul Beat》渡辺末美

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